映画『Man』で宇野祥平さんと主演を務め、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも出演している俳優・萩原護(はぎわら・まもる)さん。
2003年生まれの萩原さんについて、「大学はどこ?」「出身高校は?」「東京藝術大学という情報は本当?」と学歴が気になった方もいるでしょう。
萩原さんは2024年3月の本人インタビューで、大学に通っていることを明かしています。一方、大学名や高校・中学校・小学校の具体的な学校名は、本人や所属事務所から公表されていません。
この記事では、萩原護さんの学歴について、確認できる情報と未確認の情報を分けながら、学生時代のエピソードもあわせて紹介します。
1.萩原護の学歴を整理
萩原護さんの学歴について、確認できた範囲を先に整理します。
- 小学校: 学校名は公表されていない
- 中学校: 学校名は公表されていない
- 高校: 卒業しているが、学校名は公表されていない
- 大学: 2024年3月時点で在学していたことを本人が公表。大学名は公表されていない
萩原さんは東京都出身ですが、出身地だけを根拠に学校を特定することはできません。
また、芸能活動をしながら高校へ通っていたことから、ネット上では芸能活動に対応した学校を候補として挙げる情報もあります。
しかし、本人や所属事務所が具体的な高校名を明かした事実は、今回確認できませんでした。
大学については進学したこと自体が本人の発言で確認できますが、学校名や学部・学科は公表されていません。
萩原さんがどんな俳優なのか、芸能界入りのきっかけやこれまでの出演作について知りたい方は、プロフィール記事もあわせてチェックしてみてください。
2.萩原護は大学に進学している
萩原護さんは大学に進学しています。
2024年3月に公開されたインタビューでは、大学に通っていることを前提に質問を受け、萩原さん自身も大学進学について答えています。
仕事一本にすることを考えなかったのかと聞かれた萩原さんは、「大学に行かない選択肢はなかった」と回答。
大学について、芸能界以外の友人ができ、さまざまな人とコミュニケーションを取れる貴重な場所だという考えも語っていました。
子どものころから芸能事務所に所属してきた萩原さんにとって、芸能活動とは別の人間関係を持てる大学という環境にも意味を感じていたことが分かります。
ただし、2026年9月現在、大学名や学部・学科、卒業時期について本人や所属事務所からの公表は確認できません。
年齢だけから「すでに卒業した」と判断することもできないため、現在の在籍状況については断定を避けるのが適切です。
2-1.大学は東京藝術大学?
萩原護さんの大学について検索すると、「東京藝術大学」という学校名が出てくることがあります。
しかし、萩原さんが東京藝術大学へ進学したことを示す公式情報は確認できません。
東京藝術大学との接点として確認できるのは、所属事務所の公式プロフィールに掲載されている2019年の出演歴です。
萩原さんは、東京藝術大学大学院の短編会話劇・川滿組『屋上で待ってる』にハッサク役で出演しています。
ただし、これはあくまで作品への出演歴です。
東京藝術大学大学院が制作した作品へ出演したことと、その後に本人が東京藝術大学へ進学したことは別の話です。
萩原さん本人も、2024年の大学に関するインタビューで学校名までは明かしていません。
そのため、「萩原護さんの大学は東京藝術大学」と断定できる根拠は、現時点では確認できません。
3.萩原護の出身高校は?
萩原護さんの出身高校について、具体的な学校名は公表されていません。
2023年7月の日刊スポーツのインタビューでは、萩原さんがすでに高校を卒業していることが確認できます。
一方、本人や所属事務所の公式プロフィールには高校名の記載がありません。
芸能活動をしながら高校へ通っていたことから、芸能コースのある学校などを候補として挙げる情報もありますが、それだけでは出身校を特定する根拠にはなりません。
確認できるのは、萩原さん自身が高校時代の学校生活について語っていることです。
3-1.高校時代はクラスの「端」にいた
萩原さんは2023年、『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』で共演した福崎那由他さんと日刊スポーツのインタビューを受けています。
そこで高校時代について聞かれた萩原さんは、クラスの中央にいるタイプではなく「端にいました」と振り返っています。
『最高の教師』で演じた日暮有河も、クラスの中心から少し離れた位置にいる人物でした。
萩原さん自身も、自分の高校時代と近い立ち位置だったことを語っています。
具体的な学校名は分からなくても、本人の言葉から高校時代の過ごし方を知ることはできます。
4.萩原護の出身中学校は?
萩原護さんの出身中学校についても、具体的な学校名は公表されていません。
一方、中学時代の過ごし方については、本人がインタビューで詳しく語っています。
小学校卒業とともにダンスをやめた萩原さんは、中学生になると部活動には入らず、新しい趣味として映画を観るようになりました。
本人によると、中学時代の3年間は時間があれば映画館へ通い、休日には複数の映画館をはしごすることもあったそうです。
シネコンだけではなく、ユーロスペースなどで作品を観る機会も多く、黒沢清監督をはじめ、さまざまな映画に触れていました。
4-1.中学生から俳優のオーディションへ
現在につながる俳優活動を本格的に始めたのも、中学生のころです。
萩原さんは小学5年生ですでにスターダストプロモーションへ所属していましたが、小学生の間はダンスに熱中しており、芝居への関心はそれほど強くなかったと振り返っています。
ダンスをやめた後、一人で映画館へ通ったり、新しいことに挑戦したりするなかで、俳優のオーディションを受けるようになりました。
最初から順調に仕事が決まったわけではなく、オーディションに落ちた経験も重ねています。
その後、少しずつ俳優としての仕事が増えていきました。
5.萩原護の出身小学校は?
萩原護さんの出身小学校についても、学校名は公表されていません。
ただし、小学生時代についてはダンスに関する具体的なエピソードが残っています。
5-1.小学3年生からヒップホップダンス
萩原さんは小学3年生から小学校卒業まで、ヒップホップダンスに打ち込んでいました。
本人によると、ダンスの練習だけでなく、体力づくりのために10キロ走ったり、筋力トレーニングをしたりする日々を送っていたそうです。
目標にしていたのは「ALL JAPAN SUPER KIDS DANCE CONTEST」。
小学6年生のときには、チームで全国3位に入りました。
その大会を大きな目標にしていたため、全国3位になったことで一区切りついたと感じ、小学校卒業とともにダンスをやめています。
5-2.小学5年生でスカウトされ事務所へ
芸能界へ入るきっかけも小学生時代でした。
萩原さんは小学5年生のとき、ダンスコンテストに出場していたところをスカウトされ、現在も所属するスターダストプロモーションに入りました。
ただし、当時の本人が夢中になっていたのは芝居ではなくダンスです。
インタビューでは、小学生の間は事務所に所属していたものの、レッスンへの参加も数回程度だったと振り返っています。
俳優として本格的に動き始めたのは、小学校を卒業してダンスをやめた後の中学生時代でした。
6.まとめ
萩原護さんの学歴について調べたところ、大学へ進学したことは本人の発言で確認できますが、具体的な学校名は公表されていません。
今回確認できた内容をまとめると、次の通りです。
- 小学校・中学校・高校の具体的な学校名は公表されていない
- 高校は卒業していることが確認できる
- 2024年3月時点では大学に在学していた
- 大学名や学部・学科は公表されていない
- 東京藝術大学への進学を裏付ける公式情報は確認できない
- 東京藝術大学との確認できる接点は、2019年に同大学大学院制作の短編会話劇へ出演したこと
- 小学3年生からヒップホップダンスを始め、小学6年生で全国3位
- 小学5年生でスカウトされ、中学生から俳優のオーディションを受け始めた
- 中学時代は映画館へ頻繁に通っていた
- 高校時代はクラスの中央ではなく「端」にいたと本人が振り返っている
出身校を推測で埋めることはできませんが、本人のインタビューを追うと、小学生ではダンス、中学生では映画と俳優活動へ関心が移り、大学進学後も芸能界とは異なる人との交流を大切にしていたことが分かります。
学校名そのものよりも、学生時代の経験が現在の俳優活動へつながっている様子がうかがえます。


