今村聖奈の父は今村康成!元JRA騎手の経歴と父娘エピソード

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スポーツ選手

今村聖奈さんの父親は、元JRA騎手の今村康成(いまむら・やすなり)さんです。

康成さんは1997年に騎手免許を取得し、障害競走を中心に活躍。2001年にはユウフヨウホウとのコンビで中山大障害(J・GⅠ)を制しています。

2012年に騎手を引退した後も競馬界を離れず、調教助手として競走馬に携わっています。

聖奈さん自身も、父が騎手だったことで幼いころから馬が身近にいたと明かしています。ただし、最初から父と同じ騎手を目指していたわけではありません。

この記事では、今村聖奈さんの父・今村康成さんの経歴や現在の仕事、聖奈さんが騎手を目指した経緯、2026年のオークスで見られた父娘のエピソードを紹介します。

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1.今村聖奈の父親は元JRA騎手・今村康成

今村聖奈さんの父親は、元JRA騎手の今村康成さんです。

康成さんは1978年10月19日生まれ、兵庫県出身。

JRA競馬学校の騎手課程13期生で、1997年に騎手としてデビューしました。

父親の基本情報を整理すると、次の通りです。

名前:今村康成(いまむら やすなり)

生年月日:1978年10月19日

出身地:兵庫県

元職業:JRA騎手

騎手免許取得:1997年

騎手引退:2012年12月20日

JRA通算勝利:45勝

主な重賞勝利:2001年中山大障害(J・GⅠ)

JRAでは平地競走にも騎乗しましたが、通算45勝の内訳は障害40勝、平地5勝。

騎乗回数も障害715回、平地358回となっており、障害競走を中心に実績を残した騎手でした。

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2.父・今村康成の騎手時代の経歴

2-1.1997年にJRA騎手としてデビュー

今村康成さんは1997年に騎手免許を取得しました。

初騎乗は1997年3月1日の阪神競馬場。

ヨサブロウに騎乗し、11頭立ての9着でした。

JRA初勝利は翌1998年4月18日です。

阪神3Rでリトルマーベルに騎乗し、騎手としての初勝利を挙げました。

その後は障害競走を中心に騎乗しています。

2-2.2001年の中山大障害でJ・GⅠ制覇

今村康成さんの騎手時代を代表する実績が、2001年12月22日の中山大障害(J・GⅠ)です。

騎乗したのはユウフヨウホウ。

10番人気での出走でしたが、1番人気のゴーカイに2馬身差をつけて優勝しました。

この中山大障害が、康成さんにとってJRA重賞初勝利でもあります。

康成さんは騎手生活を通じてJRAで1073回騎乗し、45勝を記録しました。

内訳は平地358回騎乗で5勝、障害715回騎乗で40勝となっています。

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3.今村康成は2012年に騎手を引退

今村康成さんは2012年12月20日付で騎手を引退しました。

1997年のデビューから約16年間にわたり、騎手として活動したことになります。

しかし、引退後も競馬界を離れたわけではありません。

栗東トレーニングセンターで調教助手となり、競走馬の調教に携わるようになりました。

騎手引退後には飯田明弘厩舎のスタッフとなり、2014年の同厩舎解散後は飯田祐史厩舎へ移っています。

2026年の報道でも、飯田厩舎で調教騎乗を主に担当する助手として紹介されています。

騎手を引退した後も、形を変えながら競馬の仕事を続けていることが分かります。

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4.父はオークス馬メイショウマンボの調教にも携わった

康成さんは騎手引退後、2013年のオークス馬メイショウマンボの調教にも携わっています。

メイショウマンボは2013年のオークスを制したほか、同年の秋華賞、エリザベス女王杯にも勝利しました。

この馬の存在は、娘の聖奈さんにとっても印象深いものだったようです。

聖奈さんは2026年のオークス前の取材で、父の引退後には競馬を見る機会が減っていたものの、メイショウマンボの活躍をきっかけに再び競馬を見るようになったと語っています。

当時の聖奈さんは、まだ馬に乗り始める前でした。

その後、小学4年生の終わりごろから乗馬を始めた際には、メイショウマンボの帽子やジャンパーを身に着けていたことも明かしています。

父が調教に携わった一頭の競走馬が、聖奈さんにとって競馬をより身近に感じる存在の一つになっていたことがうかがえます。

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5.今村聖奈は父の影響で騎手になった?

今村聖奈さんが競馬や馬と身近な環境で育った背景には、父・康成さんの存在があります。

JRAのデビュー時インタビューで聖奈さんは、父が騎手だったため、気づいたころには馬が身近にいたと説明しています。

父の背中を追ううちに馬そのものにも魅力を感じ、騎手を志したと語っています。

ただし、「父が騎手だったから最初から騎手になりたかった」という単純な経緯ではありません。

2026年7月に放送された日本テレビ『シューイチ』では、幼いころから父のけがを多く目にしていたため、当初は騎手になりたいとは思っていなかったことを明かしています。

むしろ最初は、調教助手の仕事を考えていたそうです。

転機になったのは小学生のころでした。

同級生が乗馬苑へ通い始めたことをきっかけに自身も乗馬を始め、続けていくうちに馬に乗ることへ強く興味を持つようになりました。

父を通して競馬や馬が身近にある環境で育ちながら、最終的には自分自身で乗馬を経験し、騎手という道を選んだことになります。

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6.2026年オークスで父娘に特別なつながり

父・康成さんと聖奈さんの競馬人生が重なったレースの一つが、2026年5月24日のオークスでした。

聖奈さんはジュウリョクピエロに騎乗し、自身初のGⅠ勝利を達成。

JRA所属の女性騎手として初めてクラシックを制しました。

オークスは、父・康成さんにとっても縁の深いレースです。

康成さんは騎手引退後、2013年のオークスを制したメイショウマンボの調教に携わっていました。

聖奈さんが2026年のオークスへ初騎乗する前、康成さんは娘に対し、騎手が必要以上に気負うのではなく、馬の力を引き出せるように乗ってほしいという趣旨の言葉を送っています。

そして本番当日、康成さんは東京競馬場でレースを観戦。

ジュウリョクピエロの勝負服に合わせた薄紫と紫のストライプのネクタイを着用していたことも報じられています。

聖奈さんが直線で抜け出した際には、康成さんも思わず声が出たそうです。

レース後には、これまで我慢しながら努力してきた娘の姿を見てきたことにも触れ、勝利を喜んでいました。

父が調教に携わった馬がオークスを制し、13年後には娘が騎手として同じレースを勝つという流れは、親子の競馬人生を振り返ると印象に残るつながりですね。

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7.父はJ・GⅠ、娘はGⅠを制覇

父・康成さんはJ・GⅠ、娘・聖奈さんはGⅠをそれぞれ制しています。

康成さんは2001年の中山大障害(J・GⅠ)をユウフヨウホウで制覇。

聖奈さんは2026年のオークス(GⅠ)をジュウリョクピエロで制しました。

ただし、2人が勝ったレースの性格は異なります。

父の中山大障害は障害競走のJ・GⅠ、娘のオークスは3歳牝馬による平地のクラシックGⅠです。

同じ競馬の世界に進みながら、それぞれ異なる舞台で最高峰のレースを制しています。

現在の康成さんは騎手を引退していますが、調教助手として競走馬に関わる仕事を継続。

娘の聖奈さんもJRA騎手として活動しており、親子ともに現在も競馬の世界に携わっています。

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8.まとめ

今村聖奈さんの父親は、元JRA騎手の今村康成さんです。

康成さんは1997年に騎手としてデビューし、JRA通算45勝を記録。

2001年にはユウフヨウホウで中山大障害(J・GⅠ)を制しました。

2012年の騎手引退後は調教助手へ転身し、2013年のオークス馬メイショウマンボの調教にも携わっています。

聖奈さんは父が騎手だったことで幼いころから馬が身近にいましたが、父のけがを見ていたため、最初から騎手を目指していたわけではありません。

乗馬を始めたことをきっかけに自ら騎手への道を選び、2026年にはジュウリョクピエロでオークスを制覇しました。

父・康成さんが調教助手として携わったメイショウマンボが2013年のオークスを制し、その13年後には娘の聖奈さんが騎手として同じオークスを制覇。

今村親子の競馬人生を振り返るうえでも、印象的なつながりとなりました。

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